マン・オン・ワイヤーと突然の訃報。
ドキュメンタリー映画「マン・オン・ワイヤー(MAN ON WIRE)」を観る。
WTCのツインタワーの間、地上から411mの高さに張られたワイヤーの上を歩いた男は逮捕された。至上最も美しい犯罪とされた行為に、アメリカ人記者の「なぜ?」に対するシンプルな答えは「理由なんて無い」だ。そう、美しいものに理由はないのだ。綱を渡る彼の姿勢、一本のワイヤー、緊張感の宿る空気。全てが美しく見えるのだが、その背景に見えるWTCのツインタワーが美しさをより引き立たせている。ちなみに、彼を見上げるニューヨークの観衆の映像が、先日深夜に観た「Turk 182」を少し思い出した。
Man on Wire Trailer
---
釈放後、綱を渡った男、Philippe Petit(フィリップ・プティ)は一躍セレブで有名人!となり、気をよくした彼はそのままニューヨークに居付いてしまう。共に計画を遂行した仲間は国外退去となってしまうのだが、離れた距離は物理的にだけではなかった、少しせつない。しかし、プティも友人たちも生きている。そして、この映画に本人達が協力していることが救いである。彼らもまた、誇りある思い出として熱く胸にしまっているのだ。あいつとやんちゃしたな〜って、楽しくも切ない思い出なのかな。
Tightrope walk across World Trade Center (1974)
1949年生まれのプティは今年で67才になるはずだ。70才を前にしても尚、彼は今後もニューヨーク市立図書館や、イースター島、グランドキャニオンなどで綱渡りを計画している。17才で夢見たWTCでの綱渡りを23才で為しえた後も、その夢を継続させ今も夢の中で生きている彼。
自分は? 少なくともやりたい仕事に就いている。成功しているかどうかは分からないが、常に夢を描きながら暮らせてはいる。きっと死ぬまで続けるだろう。ただちょうど35才から36才に年齢を重ねた今、何となくではあるが折り返した気がする。残り半分の人生で何ができるのか?
これからも自分は、何も見えない世界に目標を定め、自分との間にワイヤーを張って真っ直ぐに歩く道を作らなくてはならない。その道は細くはかない道だ。しかも揺れる。しかし、真っ直ぐ前を見て進んでいかないといけない。下を見たり後ろを振り返ったりするとバランスを崩してしまう。プティのようにワイヤーの上を自由に座ったり寝ころんだり、行ったり来たりできないと落ちてしまうんだ。
と、思いを巡らせていた夜に
突然の訃報。三沢光晴が亡くなった。46才であった。え!?いや・・・こないだまで試合してたよ。っつーか、試合中で事は起きたとのこと。彼は中学生の時にプロレスラーになる夢を持ち、それを実現してきた男である。総合格闘技やアメリカンプロレスのショープロのようなスタイルになびかず、王道プロレスと言われる激しく強いプロレスを極め、今もその道半ばだったはず。
10代20代の頃の僕にとって彼は本当にヒーローであった。会場に足を運んだりTVを通しての観戦では、いつも熱く強く激しい(本当に激しく危険な大技が多かった)戦いを魅せてくれた。圧倒的な外人レスラー達ハンセン、ゴディにウィリアムス、そして鶴田との試合での興奮は、そのまま自分へのエネルギーへと変換された。そして、四天王と呼ばれた時代、ノア設立と・・・このへんの話しはきりがない。彼は器械体操とアマレスの経験者であったため、繰り出す技が美しく、特に相手の技を受ける技術や返し技は本当に美しかった。空中でのバランス感覚が良かったのだと思う。時より魅せる鬼の三沢は、えげつなかったな〜。最近はお茶目なエロ社長になっていたけど、試合は未だに第一線で踏ん張っていたようだ。
レスラーならリングの上で本望だったねとか、安易に言われるかもしれない。しかし、業界の未来のために団体の垣根を越えた協会(GPWA-現在休止中?)に関わり、レスラーのライセンス制など模索や、レスラーの健康や生活面の向上に取り組んでいたはず(おそらく亡くなられた鶴田選手の影響も大きいと思うが)。これからまだまだやるべき事が沢山あったはずだ。困難な道のりではあるが、誰もが彼ならやってくれるに違いないと・・・悔しいだろうな〜。
心の整理が付かない。ぽっかりと穴が空いているのか、胸に鉛が埋め込まれたのか・・・どちらなのかも分からない。まだ、テン・カウントは聞けない。
...